「出社せよ」というけれど…

「出社せよ」というけれど…
2人の子どもを育てる30代の女性からNHKに寄せられた声です。

「私の働いている会社ではコロナが5類に移行することに伴い、テレワーク(在宅勤務)が廃止されます。テレワークがなくなると、子どもの通院や、保育園・学童のお迎えに支障がでます。ぜひ、実態を取り上げてほしいです」

女性に話を聞くと会社に何度か相談しましたが、5月の連休明けから在宅勤務ができなくなることは変わらないといいます。

「出社回帰」の動きが広がるなか、子育てとの両立に悩む子育て世帯を取材しました。

(大阪放送局記者 寺田麻美)

原則出社で子育てとの両立困難に

NHKのニュースポストに投稿を寄せたのは千葉県内に住む33歳の女性です。都内の会社で正社員として働きながら6歳と1歳の男の子を育てています。

ことし2月、自宅でリモートワーク中に、会社から突然、お知らせが届いたといいます。
「コロナ5類に移行する国の方針を受けて、5月8日から、感染予防対策として実施していた在宅勤務は『休止』」
女性は、突然のルール変更に驚き、頭を悩ませています。

「在宅勤務がなくなれば、子育てとの両立が難しくなってしまう…」

女性によると勤務先が在宅勤務を取り入れたのは、3年前。

社内で新型コロナの感染者が出たことがきっかけで、急きょ、在宅勤務が始まったそうです。

最初は訳もわからず始まった自宅での仕事でしたが、徐々に会社のルールやリモートワークの設備が整い、今ではスムーズに業務を進めることができるようになったと感じています。

会社に相談しても…

現在は、週に1、2回出社しながら、月の半分以上を在宅勤務にして、出社とリモートワークを組み合わせた働き方をしています。女性は、この働き方のおかげで、子育てとの両立ができていると言います。
というのも、在宅勤務では、片道およそ1時間半の通勤時間がなくなるので、保育園の送り迎えが時間に余裕を持ってできるほか、浮いた時間に、洗濯や掃除などの家事もこなすことができます。

また、子どもは鼻水がよく出て中耳炎になりやすく、鼻水の吸引のために、午後6時までの病院に、保育園のお迎えのあとに寄ることができます。

コロナ禍に2人目の子どもを出産した女性にとって2人の子どもを育てるためには在宅勤務ができることが生活のベースとなっています。
ことしの春から、6歳の長男は小学校に通い始めました。

そんな中、5月から原則出社になってしまうと、子どもが小学校に行く前に、家を出ないと行けなくなるおそれがあるほか、仕事のあとの保育園と学童へのダブルの送り迎えが大きな負担になると感じています。
女性の家庭は夫婦共働き。

夫は別の会社で正社員として働いていますが仕事が忙しく保育園や学童の送り迎えは基本的には女性がしなくてはいけないと話します。

会社には少しだけでもいいので在宅勤務を認めてほしいと何度か相談しましたが、人事担当者からは「今までが例外だったので在宅勤務はやめます」などと説明を受けたといいます。

会社は在宅勤務を制度化できないか検討はしているといいますが、5月8日から在宅勤務ができなくなることは変わらないといいます。
33歳女性
「新卒からずっといた会社で、周りの人もよく知っていて、働きやすかったので、できればやめたくない。ただ、在宅勤務がなくなってしまったら、今後、転職も検討しなければならないかもしれない」

転職相談が6.5倍

子育てをしながら働く人に向けて転職サービスを提供する都内の会社では、在宅勤務などのリモートワークができる職場に転職したいという相談が増えているといいます。
ことし1月から3月にかけての登録者数は、去年の同じ時期と比べて、およそ6.5倍に増加。

新たに登録する共働き世帯の多くが、リモートワークを取り入れて、柔軟に働ける転職先を探しているといいます。

増加の背景は、経済が正常化し、転職市場が活発化していることに加えて、企業の間で出社回帰の動きが広がっていることがあると分析しています。

求めるのは育児優先の働き方

そのうちのひとり、外資系の会社に勤める30代前半の男性です。4歳と2歳と0歳の3人の子どもの子育て中で、現在、転職活動を行っています。

きっかけの一つは、勤務先で出社率を上げようとする動きが出始めたことです。

1人目の子どもの育休明けのタイミングがコロナ禍の時期と重なり、ずっとリモートワークを行ってきました。仕事をするかたわらで、妻が子育てに奮闘する姿を目の当たりし、働き方の意識に変化がありました。

リモートワーク中は、妻と分担して、保育園の送り迎えや食事や着替えの世話、寝かしつけなどを行って、なんとか育児や家事を回すことができていると言います。
ただ、会社では年明け以降、出社率を徐々に6割に上げようとしていて、今後週に3回から4回ほど出社しないといけなくなるため、このままでは子育てとの両立が難しくなると判断。

新卒から勤めてきた会社から転職し、リモートワークが可能で柔軟な働き方ができる職場を探しています。転職先に求めるのは、収入やこれまでのキャリアよりも、子育てとの両立がしやすい環境、育児優先の働き方だと言います。

男性は、「朝や夕方の時間に妻がバタバタして大変な状況になっているのを、背中で感じながら仕事していた。リモートワークで働いていたからこそ、子育ての大変さを目の当たりにして、余計に家庭を優先しなければいけないと感じることができた。今後数年間は、育児優先の働き方をしたいって思っていて、収入が多少下がっても良いと考えている」と話していました。
転職サービスを提供する会社の上原社長は、最近はこうした男性からの相談も増えていると指摘しています。
XTalent 上原達也 社長
「以前は、子育て中の女性からの転職希望が多かったが、最近は、子育て中の男性も、リモートワークが可能な働き方を求めた相談が増えているのが大きな変化だ。出社回帰すると、優秀な人材が企業から流出してしまうおそれがある。ただ、転職希望者は、フルリモートを望んでいる訳ではなく、多くの場合は、週3以上のリモートワークが可能な働き方を探していて、働く人も、オフィスでの社員同士のコミュニケーションは必要だと感じているようだ」

これからは“ハイブリッドワーク”

では、今後企業はどのような働き方をすすめていけばよいのか。

オフィスと働き方について研究している、東京大学大学院の稲水伸行准教授は、オフィスワークとリモートワークを組み合わせた、ハイブリッドワークをすすめています。
東京大学大学院 稲水伸行准教授
「強制的に出社させられると、働く人の自律性が失われて、モチベーションが下がってしまう。また、育児や介護をしている人にとっては、仕事との両立が難しくなってしまう。ただ、リモートワーク一辺倒ではなくて、オフィスでのインフォーマルなコミュニケーション、たとえば、休憩室やカフェスペースでの会話など、仕事に限らない会話が、職場の一体感には重要で、職場の人間関係を良くする効果がある。オフィスとテレワークのよさを、業務や働く人の状況に応じて、使い分けながら仕事ができるのが主流となっていく」
ただ、ハイブリッドワークを進めるうえでは、企業側にとっては、ハイブリッドワークに応じた評価などの制度面の整備が必要となる一方で、働く人にとっては、自律性を持って働くことが重要だといいます。
稲水伸行准教授
「上司が一人一人の従業員と向き合って、目標やそれを達成するための仕事の進め方、さらに仕事に対する評価のしかたなど、丁寧に話し合って細かく詰めて、お互い納得した上でハイブリッドワークをしないと、効果がなくなってしまう。働く人の側は、なぜここで仕事をしているか、ちゃんと説明できる責任感をもって、自律的に働く必要がある」

ポストコロナの働き方議論を

私自身、子どもを育てる中で、リモートワークは、通勤時間がなくなるので、保育園のお迎え時間のぎりぎりまで働くことができる一方で、コミュニケーション面では、出社したほうがスムーズで、どちらにもメリット・デメリットがあると感じています。

ただ、一番重要なのは、働く人の事情に応じて、自分自身で働き方や働く場所を選べることではないでしょうか。

子育てとの両立に悩む共働き世帯の声を聞く中で、コロナ禍からの正常化が進む今こそ、企業側、働く側双方で、ポストコロナの働き方に向けた議論が必要になってきていると感じました。
大阪放送局記者
寺田麻美
2009年入局
4月から現職
小売りなどを担当